2012年12月21日金曜日

第二話 菅原編


いつまでも終わらないエンドロールのように退屈な日々だった。
何かが「終わった」あと、取り残されたはそれに関わった数人の名前を思い出しながら、ただ眺めるように毎日を過ごす他ない。

菅原は心にあいた穴を塞ごうともせずただずっと座っていた。バス停に。もう5万6403台も霧ヶ峰行きのバスを見送った。それこそ、エンドロールを眺めるように、である。彼の人生は一度終わっていた。バスの運転手達はさすがにもう彼を相手にしなくなっていた。誰も彼の事を話題にもしない。バス停のまあるい標札と同じものとして彼を見た。
なので、5月5日9時45分発の運転手、菅原がの前に止まった5万6404台目の運転手は驚いたも驚いた。春だった。桜が咲いていた。菅原が口笛を吹きながらギターバックを持ってバスに乗ってきた。
口笛の曲は、サヨナラバスだった。
運転手はどう対応したらいいかわからなかった。何がわからないのかわからなかった。ただ、もう、標札と一緒と思っていたモノがバスに乗り込んできたもんだから慌てた。運賃を払ったのでちょっと笑えた。口笛でサヨナラバスには恐怖を覚えたが「同世代かな?」と思った。運転手は中学校の時分19(ジューク)に景仰して髪を青に染めた事がある(もちろん紙ヒコーキもよく投げた)。それで女の子に告白して、フられた。それからはゆず派になり、切ない想いをゆずの曲を歌う事でごまかした。冬至の日のライブは毎年行った。
なぜだろう。運転手は、いままでただこなすように何のプライドもなくバスを走らせていたが、今日はなんだか違うぞ、と思った。急に、「仕事だ」と責任感がわいてきた。大人になった気がした。なんで俺の時に乗ってきたんだ?と思った。悪い意味じゃない。ふと、思った。この不思議な乗客はなんで自分が運転するこの時間のバスに乗り込んだんだろう?もしかしたらこの乗客が乗るのは次のバスだったかもしれないし、もしかしたらこの時間のバスでも自分が運転担当にならなかったかもしれない。なのに、俺だった。人生とは、偶然だ。彼は知った。

菅原は運転手のすぐうしろ、右前輪のすぐ上にあるせいで車内前方でポコっと高くなっていて狭苦しい席に座った。
新しい物語の始まりだ。菅原はギターバックのポケットから眼鏡を出して、かけた。アート・リンゼイみたいな黒ぶちの眼鏡。今日からは昨日までと違う人間として生きていく証。
バスは町を抜け、森を抜け、霧ヶ峰。その名の通り濃く霧がかった草原でバスは止まった。運転手はなんとなく野暮だなと思って「終点です」とは言わなかった。ただ菅原がでるのを待った。ずいぶん待った。どうやら菅原はiPodで曲を聴いているようだった。耳を澄ますと微かにZNRが聞こえた。運転手は思った、この客、きっとJANISの会員だなと。

運転手は菅原の姿が見えなくなるまでじっと彼の後ろ姿に目を凝らした。これから彼がどこへ向かうのか、なんとなくわかった気がした。
この直感が間違っていなかったと知るのはこの日から3年後になる。

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